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あなたは、幾度(いくたび)この峠(たお)を越(こ)えたのか?

とにもかくにも、戦争が終って、泣きじゃくるわたしの手を引きながら、

あなたがこの峠(たお)を越えたのは、もう五十年も昔のこと。

台風で、木々が倒れて荒れた道を必死(ひっし)に歩いた。

もうすぐ、祖父
(おじいちゃん)の村に着くからねと優(やさ)しく語りかけながら、

あなたが越えた石ころだらけの峠道
(とうげみち)

 






あなたは、幾度(いくたび)この峠(たお)を越(こ)えたのか?

春の麦刈り、秋の芋掘り、手伝
(てご)を嫌がるわたしを優(やさし)く諭(さと)しながら、

あなたがこの峠(たお)を通(かよ)ったのは、もう遥(はる)かな昔のこと。

肩に食込む背負子(しょいこ)の、荷の重さに堪えて歩いた。

もうすぐ、夕餉
(ゆうげ)になるからねと優しく微笑(ほほえ)みかけながら、


あなたが越えた夕暮時
(ゆうぐれとき)の峠道(とうげみち)

 

 

 

 

あなたは、幾度(いくたび)この峠(たお)を越(こ)えたのか?

秋の陽光(ひ)が落ちて、月影(つきのひかり)に黒く伸びる自分の影踏(ふ)みながら、

あなたがこの峠(たお)を越えたのは、覚えきれない数のこと。

せなに背負(しょ)った運命(さだめ)のことを、甘受(うけいれ)て歩いた。

もうすぐ、明日(あした)がくるからねと何度も何度も自分に言い聞かせながら、

あなたが越えた宇積峠
(うづみだお)…それは人生という峠道(とうげみち)。 


 

あなたは、幾度 (いくたび)この峠(たお)を越(こ)えたのか?

春は春草れんげ草、冬は冬草枯れススキ、


路傍
(みちばた)に咲く山野草(のばな)を愛(め)でながら、

あなたがこの峠 (たお)を越えたのは、昨日と今日と又明日(あす)も。

…春の花、夏の雲、秋の月、冬の風が友だった。

もうすぐ、我家
(うち)にも咲くからねと四季折々(しきおりおり)を待ちながら、

あなたが越えた宵待草 (よいまちぐさ)の峠道(とうげみち)





 
 

 

現在の宇積峠

久しく訪れることの無かったこの峠道を歩いた。
今は峠の下を新しくトンネルが抜け、この峠を越える人も稀なのであろう。
夏草に覆われ日中も暗く、荒れはててあり、
やがてこの道もなくなり、山に戻るのであろうか?
…蝉しぐれの喧しい暑い暑い夏の一刻であった。
(2000年8月)


(2000/02/25)