|
時は人を待つ事をしない。
何故か最近そんな思いが強い。
黄色く色づいた銀杏の葉が舗道を埋めて、
折からの寒風にカサカサと鳴る。
やがて木枯しの季節、
落葉した木々の梢から吹き降ろす風が頬を刺す。
…確かにこの季節は、若草が萌え花々が咲き鳥が歌う春の頃や、
草木緑濃く、雲白き夏に比べセンチメンタルになる。
だが、それだけではない。
春夏秋冬、四季の移ろいは幾度となく経験してきたのだから…
帰らざる日々へのノスタルジアのせいなのだろうか?
春夏秋冬巡っても、時は人を待つ事をしない。
何故か最近そんな思いが強い。
人は時を止めることは出来ない。
だが、ふとあの日あの時に帰りたい思いに駈られる事がある。
古びた日記帳を開くのもそんな時だ。
少し色の変ったインクにつづられた行間に、その時の自分を見る。
アルバムを開くのもそんな時だ。
少々色褪せてはいるが、そこにはその日、その瞬間の自分がいる。
間違いなくその時の自分に再会する事が出来る。
そんな事を考えている時に、素晴らしい経験をした。
福岡市在住のプロの写真家である「城戸写真工房」の城戸和幸君が,
私の写真を撮って呉れるというのである。
被写体としては、
若い時ならいざ知らず白髯をたくわえた今の自分には…
という躊躇はあったが、
彼が何故そのような申し出をしてくれたのかということを
確めてみたくなって、彼の申し出に応ずる事にした。
撮影と言っても、ロケは博多の御供所にある聖福寺という禅寺で、
私が晩秋の寺院の建物や境内の木々の佇まいを
のんびり楽しんでいるうちに終った。
スタジオではカメラに対峙する多少の緊張はあったが、
そんな緊張はいつまでも続かない。
写真家はそんなリラックスした瞬間を見逃さない。
被写体が最も自然な表情をした時、フラッシュライトの閃光が走る。
知性的で繊細な彼が、鋭敏で最も感覚的になる瞬間なのだろう。
…大袈裟に言えば、
レンズの向うにある被写体の個性が発信するメッセージを,
自らが描いたイメージで巧みに捉え表現する瞬間なのだろう。
作品に添えられてあった彼のメモに、
「あの日、あの瞬間を封じ込める事が出来たと思います。」
とあるように、確かに出来あがった作品は、
あの時の私が時を止めて存在しつづけることを暗示する出来である。
更に、嬉しかったのは写真家が
被写体の主張(存在)を敏感な感性で感じとり、
1枚の写真という作品を通じて自己を表現しようとする,
プロとしての追求の姿勢を持ち続けていると言う事である。
城戸和幸という写真家は他に対し繊細で優しく感受性豊かで、
同時に自己を愛することの大切さを主張したかったのかも知れない。
やがて時が経って、アルバムを開く時、あの時の自分と、
あの時の写真家に再会する事になるのだろう。
今輝いている君を、今寂しがってる君を、
今の瞬間の君をありのままに、
君の思い出のアルバムに残すなら「城戸写真工房」をお勧めする。
…興味あれば、私から聞いたと下記に連絡してもらえれば、
親切に応対してくれる筈だ。
城戸写真工房:
Tel 092-526-3253
〒810-0013 福岡市中央区平尾1-5-12 楠本ビル1F
(98/11/24)) 横浜市 川口辰紀
|